スペインで指導者を目指す人へ 4
スペインで指導者を目指す!!
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5年目も同じクラブCarabanchel で過ごすことになりました。
Juvenil B(フベニール) の昇格実績も考慮されてフアンと共にJuvenil Aに人事移動することに。
この当時フベニールAはNacionalリーグ(ユース2部)に所属しておりレアル・マドリードBやアトレティコマドリードBなど各クラブの将来を担う選手がプレーしていました。
例えば現デポルティーボに所属するモジェホ選手がアトレティコユースBでプレーしており、実際に対戦したのも覚えています。
このリーグで指導をしたことは今でもいい経験になったと思っています。
とにかく「勝ち点3が遠いリーグ」が最初の印象でした。
第1節からそれを痛感しました。
前半を3−0で折り返しながら結果は3−3の引き分け。
第2節も後半89分に同点に追いつかれる。
3節からは1点差に泣く試合が続き気がつけば10戦勝利なしが続きました。
本来であれば解任されている成績ですが、クラブの諸事情によりその話はなくなりました。
11節にようやく勝ち点3をとりましたが、シーズン成績は残念ながら降格を味わいました。
とにかく運の要素もさることながら戦術においてもまだまだ学ばなければここでは戦っていけないと感じたシーズンでした。
またそのシーズンはAlevin B(アレビン)の監督もしていました。日本でいう小学5年生の年代です。
シーズン前からGMから話をもらっており、1年通して第2監督として指導もしたのでコミュニケーション能力も言葉も問題ないことと、前年度の成績を含めて1チームみることになりました。
アレビンのカテゴリーでもリーグ戦は存在しています。
GMから言われた言葉にも「落とさなければいいよ」という妙なプレッシャーがあったのも覚えています。
この年代であれば「みんな試合に出る」ことが必ずクラブのノルマにあります。
18人選手がいれば週末の試合に連れて行けるのは当時は16人まででした。
2人招集外にするわけですがその選手達は次週は必ず招集することや試合では必ず最低15分はプレーさせるなどクラブによって課されるノルマは様々です。
こういったノルマをこなしながら尚且つ残留を目指して戦うシーズンでした。
結果的にはシーズン折り返しの時点で残留は決まるくらい勝ち点を取れ、前半戦は3位最終成績7位でフィニッシュすることができたのでこちらは満足いく結果だったのではないでしょうか。
みる年代やカテゴリーによって求められる結果は様々です。
ユースに近ければより勝利を求められます。
10歳でも昇格降格があるので、勝ち負けより大事なこと…とはいってられない場合もあります。
そういった激しい競争社会の構図が今のスペインサッカーを支えていることは間違い無いのではないでしょうか。
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